個別化医療

大腸がんの個別化医療とは

これまで、大腸がん、乳がん、肺がんといった診断されたがんの種類ごとに治療法や使用するお薬を選択し、同じ病気の患者さんには同じ治療を行っていました。
しかし、遺伝子などの研究の進歩によって、がん細胞の増殖や成長に関わるタンパク質(分子)やがんの原因となる、様々な遺伝子の変異が明らかになりました。このような特定の分子をピンポイントに狙い撃ちし、がんを治療する「分子標的薬」が登場しました。
これにより、がんの治療は患者さん個人の遺伝子変異などに基づいて適した治療法を選択する「個別化医療」もまた、がんの標準的な治療として組み込まれつつあります。
大腸がんも例外ではなく、がん細胞の遺伝子異常を調べて、特定のお薬で効果が得られるかどうかを判断する、という個別化医療が行われています。

従来型の医療と個別化医療の違い
大腸がんにおける従来型の医療と個別化医療の違い

大腸がんと遺伝子異常

がんが発生するまでには、多くの遺伝子異常が関与しています。

遺伝子異常とがんの発生の関係
大腸がんの遺伝子の異常とがんの発生の関係

がんゲノム情報管理センター:遺伝子とがんの関わりがん発症の仕組み
https://for-patients.c-cat.ncc.go.jp/knowledge/relationship/cancer_onset.html

大腸がんは、がんを抑えるAPC遺伝子の変異により腺腫が発生し、がん遺伝子であるK-ras遺伝子やがん抑制遺伝子のp53遺伝子の変異が加わって、その腺腫が悪性化して発生することが多いとされています1)
これ以外にも様々な遺伝子変異・異常があり、その内容によって効果の得られるお薬に違いがあります。

  1. 1) 大腸癌研究会:患者さんのための大腸癌治療ガイドライン 2022年版, 金原出版, 2022, p7.

大腸がんでみられる主な遺伝子異常

現在、大腸がんに関連する様々な遺伝子異常が明らかとなっています()。遺伝子異常の内容によって、同じお薬でも効果が得られる人と得られない人がいるため、あらかじめどの遺伝子に変異があるかを検査で確認して、その人に最も適したお薬を選択します。遺伝子異常によっては、対応するお薬がないこともあります。

大腸がんにみられる遺伝子異常
  • RAS変異
  • MSI-High
  • BRAF V600E変異
  • HER2増幅

大腸がんの遺伝子検査

自分に適したお薬を見つけるために、がんの組織や患者さんの血液を活用して、どの遺伝子に変異があるかを調べる検査を行います。
大腸がんでは、特定の遺伝子変異を個別に見つける方法と、一度に多数の遺伝子を調べるがん遺伝子パネル検査という2つの方法があります。
大腸がんに対する遺伝子検査は標準治療に位置付けられており、MSI検査、RAS/BRAF遺伝子検査、HER2検査、がん遺伝子パネル検査などが健康保険に適用されます。検査が行われるタイミングは対象となる遺伝子ごとに定められており、最初の薬物療法前にMSI検査、RAS遺伝子検査、BRAF V600E検査を行います。このとき、HER2検査も同じタイミングで行うことが適切とされています2)
そして、標準治療が終了した後にがん遺伝子パネル検査を行うこととされています3)

がん遺伝子に基づいた検査と治療
大腸癌のがん遺伝子を調べるための検査とがん遺伝子に基づく治療。標準治療におけるがん遺伝子検査は、医師が必要と判断した場合に、1つまたは少数の遺伝子を調べて診断することや、検査結果をもとに薬を選ぶ治療が行われる。がんゲノム医療におけるがん遺伝子パネル検査では、主にがんの組織を用いて多数の遺伝子を同時に調べ、検査結果をもとに治療できることがある。

国立がん研究センターがん情報サービス がんゲノム医療とがん遺伝子検査 2022年11月24日更新
https://ganjoho.jp/public/dia_tre/treatment/genomic_medicine/index.html

  1. 2) 大腸癌研究会:大腸癌治療ガイドライン医師用2022年版の「切除不能進行・再発大腸癌に対する薬物療法」に追記すべきエビデンス~HER2陽性の切除不能進行・再発大腸癌に対するペルツズマブ+トラスツズマブ療法(2022年3月)https://www.jsccr.jp/guideline/news/202203_01.html 2024年1月18日アクセス
  2. 3) がんゲノム情報管理センター:がんゲノム医療とがん遺伝子パネル検査 がん遺伝子パネル検査とは
    https://for-patients.c-cat.ncc.go.jp/knowledge/cancer_genomic_medicine/panel_test.html 2024年1月5日アクセス

現在行われている個別化医療

大腸がんの治療は日々進歩しており、がんの増殖や進行に関連する分子や遺伝子の解明が進んでいます。
ここでは、大腸がんに対して、現在行われている個別化医療を紹介します。

分子標的薬とは

従来のがん医療に用いられていた細胞傷害性抗がん薬は、がん細胞だけでなく正常な細胞も攻撃してしまうため、患者さんは重い副作用に苦しむことが少なくありませんでした()。
それに対し、分子標的薬はがん細胞に特有のタンパク質(分子)を狙い撃ちにすることで、がん細胞を攻撃します()。標的となる分子は、がん細胞の増殖に関わるもの、がん細胞に栄養を運ぶ血管を作り出すもの、がんを攻撃する免疫に関わるものなどがあります。このような分子の働きを抑えることで、がん細胞の活動を止めることができます。
分子標的薬はがん細胞に特有の分子を攻撃するため、細胞傷害性抗がん薬よりも正常な細胞に与えるダメージは小さくなっています。そのため、患者さんの体への負担はより少なくなっていますが、分子標的薬特有の副作用が現れることがあります。

細胞傷害性抗がん薬と分子標的薬の違い(イメージ図)
一般的な細胞傷害性抗がん薬と分子標的薬の違い。細胞障害性抗がん薬では、正常な細胞・がん細胞を一律に攻撃する。分子標的薬は、がん細胞に特有の分子のみを攻撃する。

大腸がんの遺伝子異常と治療

RAS変異

本来であれば、RAS遺伝子は細胞の増殖に関わる生命活動に不可欠な働きを持つ遺伝子です。しかし、変異すると細胞を無制限に増殖させるため、がんの発症に至ります4)

変異したRAS遺伝子のイメージ
RAS変異によってがん化するイメージ。RAS遺伝子は変異すると細胞を無制限に増殖させてがんの発症に至る。

RAS遺伝子の変異は様々ながんでみられますが、大腸がんでは全体の約半分で認められます5)
RAS遺伝子の変異があると、抗EGFR抗体薬という分子標的薬の効果が得られません。そのため、RAS遺伝子に変異がある患者さんには、抗EGFR抗体薬以外の治療が検討されます。

RAS遺伝子変異に関する抗EGFR抗体薬の治療効果
RAS遺伝子変異が起こる場合とRAS遺伝子変異が起こっていない場合の抗EGFR抗体薬の治療効果の違い。RAS遺伝子変異が起こっている患者さんには抗EGFR抗体薬の治療効果が期待できる。

※細胞増殖に関わるタンパク質であるEGFRの働きを抑えるお薬6)

  1. 4) 川西正祐:薬局 2023;74(2):148-149.
  2. 5) Dienstmann R, et al.: Am Soc Clin Oncol Educ Book. 2018: 38: 231-238.
  3. 6) 山口直則ほか:医学検査 2018;67(4):503-511.
BRAF変異

BRAF遺伝子はRAS遺伝子とともに細胞増殖に関与する遺伝子で、変異があると細胞増殖の指令が過剰に出ている状態となります。BRAF遺伝子の変異の多くはV600Eという部位に変異があるもので、大腸がん全体では8%ほどに認められます5, 7)
BRAF600E遺伝子の変異は、RAS遺伝子の変異と同じ検査薬で調べることができ、変異がある場合は抗EGFR抗体薬以外の治療が検討されます7)

  1. 7) 大内康太ほか:Jpn J Cancer Chemother. 2022;49(8):801-808.
MSI-High(高頻度マイクロサテライト不安定性)

細胞が増殖するためにはDNAが複製される必要がありますが、その際に間違いが生じてしまうことがあります。この間違いを修復する機構をミスマッチ修復機構といいます。ミスマッチ修復機構が低下すると、DNAの複製の際にマイクロサテライトと呼ばれる短い配列が繰り返す部分の反復回数(配列が繰り返した回数)が正常とは異なる回数になってしまうことがあります。この状態をマイクロサテライト不安定性といいます8)
MSI-High(高頻度マイクロサテライト不安定性)とは、正常ではない反復回数のマイクロサテライトが多くみられることです。これが認められると、免疫チェックポイント阻害薬による治療効果が得られることがわかっています。
MSI-Highは大腸がんの3%ほどに認められるほか5)、遺伝性の病気であるリンチ症候群でも認められます。

  1. 8) 新井冨生:モダンメディア 2019; 65(8): 162-167.
マイクロサテライト不安定性によるがん発症のイメージ
マイクロサテライト不安定性によってがんが発生するイメージ。DNAが複製されるときにミスが起きやすく、ミスが重なってがんの発症に至る。
HER2異常

細胞増殖に関与するHER2遺伝子は正常な細胞にも存在する遺伝子ですが、遺伝子増幅によって過剰に増えてしまうと、大腸がんや乳がん、胃がんなど様々ながんを形成すると考えられています9)
HER2遺伝子増幅は大腸がんの約2%に認められ5)、これがHER2遺伝子が作りだすHER2タンパクを高発現させ、HER2陽性になると言われています。

  1. 9) 衣斐寛倫ほか:日本臨牀 2002;60(3):463-467.
NTRK融合遺伝子

NTRK融合遺伝子とは、NTRK遺伝子(NTRK1NTRK2NTRK3)が他の遺伝子と結合してできる異常な遺伝子のことです10)。成人や子どもにおけるさまざまな種類のがんで確認されており、大腸がんでの頻度は1%未満であることが知られています11)NTRK融合遺伝子はがん遺伝子パネル検査で検出することができ、検出された場合はその種類に関わらず使用できる治療薬が存在します。

  1. 10) 岡本勇:肺癌2020; 60:877-880.
  2. 11) Wang H. et al. Cancer Med. 2022;11(13):2541-2549.

参考文献:

  • 大腸癌研究会:患者さんのための大腸癌治療ガイドライン 2022年版, 金原出版, 2022, p66-67.
  • がん情報サービス:がん医療における遺伝子検査 もっと詳しく 1.個別化治療とがん遺伝子検査, 2022年11月24日更新
    https://ganjoho.jp/public/dia_tre/treatment/genomic_medicine/gentest02.html 2024年1月5日アクセス
  • がん情報サービス:薬物療法 もっと詳しく, 2019年09月11日更新 https://ganjoho.jp/public/dia_tre/treatment/drug_therapy/dt02.html 2024年1月5日アクセス
  • 日本大腸肛門病学会:がんゲノム医療とは, 2022年12月21日更新 https://www.coloproctology.gr.jp/modules/citizen/index.php?content_id=37 2024年1月5日アクセス
  • 製薬協:くすりの情報Q&A Q48「分子標的薬(ぶんしひょうてきやく)」とは、なんですか。https://www.jpma.or.jp/about_medicine/guide/med_qa/q48.html 2024年1月5日アクセス

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このページでは、現在行われている個別化医療、大腸がんの遺伝子変異と治療についてご説明します。