メインメニューをスキップ

ここから本文です。本文をスキップ

タケダの歴史    1945-1984 上場~海外進出

ビタミン剤、抗生物質が主力に

1945(昭和20)年〜

戦後の研究
武田研究部(1936年)

武田研究部(1936年)

第二次世界大戦後、戦前から行っていたビタミンB1や「ビタカンファー」(呼吸中枢興奮剤)の研究に加え、抗生物質の探索研究、葉酸の合成研究などを開始した。また、ペニシリンの生産研究にも取り組み、1948年から製造を開始している。

1946(昭和21)年

光工場を開設
光工場

光工場

終戦前日に猛爆を受け廃虚と化していた山口県の光海軍工廠をGHQの許可のもと工場に転用。これは戦後における国有地の民間使用第一号となった。同工場は、大阪に次ぐ第二の主力工場となり、当時社会の要請であったワクチン製剤などの製造を行った。

1949(昭和24)年

東京・大阪証券取引所に株式を上場

1950(昭和25)年

日本で最初の総合ビタミン剤「パンビタン」を発売

1953(昭和28)年

アメリカン・サイアナミッド社との折半出資で日本レダリー(株)を設立

アメリカン・サイアナミッド社との折半出資で日本レダリー(株)(現在のワイス(株))を設立。戦後の医薬品合弁会社第一号となる。同社では、抗生物質「オーレオマイシン」の製造を行い、同製剤の販売はタケダが担当した。

1954(昭和29)年

ビタミンB1誘導体「アリナミン」 を発売

ビタミンB1誘導体製剤(ビタミンB1の体内への吸収を高めた製剤)「アリナミン」の開発に成功、発売を開始する。ちょうどその頃、戦後の食糧難からくる栄養不足を改善するため食品強化用ビタミンの供給を始める。

1955(昭和30)年

ビタミンCのアメリカ向け輸出を開始

海外市場への進出

1962(昭和37)年〜

アジア進出
天津武田薬品

天津武田薬品

1962年の台湾での製造・販売会社設立を皮切りに、その後フィリピン、タイ、インドネシアなど東南アジアに製造・販売子会社を設立。1994年に設立された天津武田薬品(有)は、中国初のGMP適合工場となった。

1963(昭和38)年

日本企業で初めて、欧州でドル建て転換社債を発行

1978(昭和53)年〜

ヨーロッパ進出

1978年のフランスでの医薬品販売合弁会社設立に続いて、1982年までにドイツ、イタリアにも拠点を開設。

1981(昭和56)年

抗生物質の「タケスリン」、「パンスポリン」を発売

サブメニューをスキップ

サイドメニューをスキップ

このページのトップへ